グラウンドホーム

健康住宅・自由設計のグラウンドホーム。水戸・つくば・ひたちなか・石岡を中心に新築住宅を施工。展示場の見学も可。

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はじめに

私が20歳のときに県内最大手の木材販売店「株式会社本田」に入社した際、先代の本田泰造社長(ジョイフルホンダ前会長)はよく言っていました。「商売は簡単だ。人より安く買って、よその店より安く売り、よそより利益を出せばいいのだ」と。
利は元に有りということでしょうが、そうは問屋は卸しません。私も実行しようとすると安く買う定義が必要です。まず会社の信用、発展性、量をどれだけ短期間で売れるか、とても難しかったです。私は先代が亡くなるまで11年間お世話になりました。仕事に夢と希望を持たせてくれさらに今の私がこの業界にいられるのも先代と奥様それに所先輩のおかげだと感謝しております。
入社当時は、柱という名前も、杉も桧も分かりませんでした、どれも同じに見えるし、さらに難しかったのが同じ杉でも秋田材、栃木材、茨城材でも値段が違うということです、どうやって産地を見分ければいいのか、かじったり匂いを嗅いだり、それはもう悪戦苦闘の日々でした。
さらに困ったことに年輪の数で値段が違います。年数が経てるほうが高いのです。さらに追い討ちです。節の数と大きさで値段が違います。さらに追い討ちに追い討ちです。木目の模様で値段が違います。木材を覚えるのに青森、岩手、秋田、福島、さらに南下して岡山、四国、九州まで歩きました。それに海外ベトナム、タイ、中国、インドネシア、アメリカ、ドイツと木材を覚えるには最低10年は必要だと思います。


工務店へ木材建材販売

今は昔、とても景気が悪かったある冬のことです。
当時、材木の配達を担当していた私は、その日配達の仕事もなく、林場(材木を建てておくとこ)の片づけも掃除もやり終えて、することがないので事務所に入ると先代が怒ります。「何しに来たんだ!」。そう言われてもやることありませんというと、茨城の方言で「デレスケヤロやることはいくらでもあっぺ」と言われ、さっさと事務所を退散。「よし行商だ」とトラックに材木を積んで売りに行きました。
ところが売れるわけがありません。仕事がないのです。増してや材木屋1年生にはまたもや追い討ち。行商先の社長さんたちは40歳代から60歳代。それに引き換え私は20歳の若造です。とても口も利いてくれないし、話も合いません。仕事があったら買ってやるよ、用があったら呼ぶから来なくていいよ。どうしていいか分かりませんでした。
そのときの店長が私にひとつのアドバイスをくれました。
「お前は酒が好きなんだから工務店親方と酒でも飲め」と。そこから私の酒飲み学習が始まりました。


酒飲み学習

私は近くの間口1間の小さな魚屋で刺身を買いました。お客さんのところに持っていくからいいところを切ってくれるよう頼みました。
すると魚屋のオヤジの「お前は何屋だ?」という問いに、「見ての通り、材木屋だ!」と答える私。私のスタイルは白足袋にハッピです。どこの親方のところに行くのか聞かれ、近所の親方だよと言ったら、「旨いの切ってやるから仕事とってこいよ。俺も店を大きくする時は買ってやるからな」と言われ(のちに3軒建てを買ってもらいました)上機嫌で晩酌のつまみを買っていきました。
「こんばんは、晩酌のつまみ買って来ました。」すると親方、「関がつまみ買ってきた。かーちゃん酒もってこいや。」
ここから私の材木屋の人生が始まりました。


親方の話

工務店のルーツ、なぜ大工になったのか、職人気質とは何なのか、兄弟弟子だとかを教わりました。
私は、100軒の工務店を担当していました。いろいろな大工、工務店がいます。本当に一生懸命お客様のために造っている職人、お金儲けが先な人、農業との兼業の人、趣味で造っている人、人の出来ないようなものを造りたい人、様々です。でもみんな親方になりたくて、棟梁と呼ばれたくて、喜んでもらいたくてを「志」していました。
親方たちに木の使い方、見方、使う場所を教わりました。同じ材種のものでも使い方・使う場所が違うということです。例えば杉の30年生ぐらいの間伐材は桁木、60年生は柱、80年以上は鴨居・廻り縁、150年生ぐらいになると天井板・長押、赤身の部分は腐りにくいので、外部や桶など、まさに適材適所です。さらに桧ともなれば平均的に杉などより水に強いため値段が高めになります。杉も桧も使うところはほぼ一緒です。


鶴亀の誕生

私が31歳とき、今から18年前のことです。当時材木屋は材木と建材、金物屋は板金材・道具類、管材屋は設備品などと業種ごとに分かれていました。
それでは工務店が大変なので、1箇所で何でも揃う便利なワンストップショッピングの設立を目指しました。それが株式会社鶴亀のスタートです。
その他にも、学校などの木工事、外壁工事、屋根工事、防水工事、ユニットバス、キッチンなどのありとあらゆる工事物を手掛け、数年後にはおよそ茨城県内全域の工務店に卸す会社に成長しました。


工務店販売からの脱却

今から8年前工務店販売をほぼやめました。
私たちから買って頂いていたお客様で、茨城でも大手の工務店がどんどん倒産していく。さらに中小の工務店、個人の大工さんたちも建築法規の変更により仕事がとれない。そうなると売ったはいいが、行商先の資金繰りが悪くなかなか集金が上がらない。
このままでは一緒に心中だと思い、何社かの工務店に「部材提供するから、手伝うから展示会やろうよ。展示場ややろうよ」と声を掛けましたが、誰一人やろうと言った人はいませんでした。
こんなに工務店があるのに…本当にいい建物が出来る集団がいるのに…安くていい建物が提供できるのに…
それならば、よし自分がやるしかないと考え、グラウンドホームが誕生しました。
私の知り合いには、お寺を建てられる人もいれば、5重の塔を建てる人、お宮を造る人など、腕のいい職人が沢山います。木造建築の善し悪しは、7割ぐらいが大工で決まります。昨今はデザイン・設計もそのひとつだと思います。


グラウンドホームの船出

私には木材業・建築業を通じて、もう29年のキャリアがあります。
材木屋としていろいろな建物を見てきました。もちろんどんな材木が使われているか、何年ぐらい経過しているか、どの木材が長持ちするか、なぜ地震に強いのか、が分かるようになりました。
「長持ち」という点で、お寺系はケヤキが多く使われ、神社系は伊勢神宮や東大寺の柱に見るように桧が多く使われ、また町屋の家は杉が多く使われていますが、歴史が証明しているように耐久性ではケヤキ、桧のほうが長持ちします。
「耐震性」という点においても、桧で造られた昔の蔵やお寺などは長年にわたって地震に耐え、未だに倒壊していません。昔から日本は地震が多かったため先人の技術者も構造的に配慮し、桧を使用したのだと思います。
そこでグラウンドホームは、柱として国産桧の4寸角(樹齢約60年~80年)を昔の蔵と同じように狭い間隔に多数立てて、さらに平面剛性を強めるため井桁状に梁を組み、さらに土台には樹齢約300年~1000年の米ヒバ(青森ヒバでもよい)を採用することにより耐震性、耐久性、対犠牲の優れた建物を造ります。


なぜ天然素材なのか

私は工業製品で長持ちしたものを見たことがありません。天然素材に勝るものは無いと思っています。
例えばベニヤ板にカンナで薄く削った板を張ったフロアー材が何年持ったのでしょうか。
使い勝手にもよりますが、安心してベニヤ板を使用できるのは約10年です。また表面にペンキを塗った屋根はどのくらい長持ちするのでしょう?
街では建築後約10年目で屋根にペンキを塗りなおしている家を見かけますが、実は表面にペンキを塗っても長持ちしません。
なぜなら厚み6ミリのセメント板に塗装しただけでは、塗装の劣化によりセメント板に水が入り腰抜けになる可能性があるからです。悪徳リフォーム屋の餌食になっています。集成材の柱も同じで、国土交通省による剥離事件の発表があっても、素人の方まで情報が届かないせいなのか、それとも見ようとしないのか、何の疑いもなく普及しているようです。
姉歯事件で、建築の際は工法から素材までしっかり確認しないといけないと騒ぎがあったにも関わらず、のど元過ぎればで、有名メーカーがやっているから安心だと確認を怠るのは大きな間違いです。有名ハウスメーカーで建築するにしても地域ビルダーで建築するにしても、素材は絶対に確認してください。そして天然素材を使ってください。必ず20年後30年後にも喜んでいただけると確信しています。


基礎へのこだわり

建物は、基礎が傾けば家の中すべてが傾き、建具が動かなくなったり、基礎の割れによる水の浸入などがおきます。
地盤の悪いところは、改良工事をするのが当たり前ですが、一番問題なのは、地盤調査で出るグレーゾーン(悪くも無いが良くも無い)のところです。地盤保証に入っているから安心できるものではありません。保障といっても基礎が下がれば基礎の下にケミカルを入れて直すだけで、建て替え出来るわけではありません。傾きだけ直して性能が維持できればいいからです。だから私たちは基礎にこだわります。地中にもぐって見えなくなる地中梁り。鉄筋の太い主筋を使い150ミリピッチに井桁に組みます。さらに厚みをすべて150ミリにして安全性を高めています。さらに床を受ける部分はアンカーボルトで土台をしっかり固定し剛性を高めています。

グラウンドホーム本部・株式会社 鶴亀 / 茨城県小美玉市大谷790番29